氣功教室

光明の中の阿弥陀さまのお姿 SONGWEIさんの体験

阿弥陀様の憶念

前回のレッスンの際、先生から心をどのようにしたいかと尋ねられ、虹色の輪にしたい、とお答えしました。これは、私が行場としている山で時々体験する自然現象に基づく答えでした。

現代人はその光輪の中の人影が自分の影と知っていますが、昔の西洋人はブロッケン山の妖怪と見、昔の東洋人は阿弥陀さまの御来迎と見ていたのでした。私はこの現象に遭遇すると、いつも内なる仏性に掌を合わせます。が、拝むだけでなく、心をこの現象にようにすればよいのだとは、今まで気づけませんでした。先生のご指導のおかげです。


 レッスン後、山の庵で坐しつつこの虹の輪を観想していると、輪の中に坐す阿弥陀さまのお姿が自然と現われました。眉間の白毫、青い瞳、紺色の螺髪・・・阿弥陀さまには他のみ仏と同じく三十二相八十随形好あり、八万四千の好相(特徴)から発する光明は全宇宙を照らして、念仏する生きとし生けるものを極楽浄土に救い取ってけっして見捨てない、とお経に説かれています。その相好のいくつかがはっきりと憶念できました。


 その後、光明の中の阿弥陀さまのお姿をうまく憶念できる時もあればできない時もあります。坐している時は憶念できても、一たび立つやすぐに正念失うこの馬鹿凡夫。出かける際にはアレもコレも忘れ物、ATMで待たされればイライラし、一旦コンビニ寄ってからATMで用を済ませて帰る途中、あの阿弥陀さまの立ち姿が心にパッと現われました。立って右掌を上に左掌を下に向けたお姿は、お釈迦さまと瓜二つです。が、人差し指と中指をそろえて立てた印相は阿弥陀さまの下品下生の印、まさしく私の如き愚人をこそ救って下さるお方でした。


 み仏を憶念するといっても、勝手な妄想はかえって煩悩悪業を助長するのみ。謙虚にお経や師の教えに照らして憶念し、憶念できない時は南無阿弥陀仏と称念しながら、日常の中で貪り・怒り・愚痴を始めとする八万四千の煩悩に対処してゆきたいです。

SONGWEI